貫井神社 │ 小金井

東京都小金井市、はけ(国分寺崖線)下に鎮座する、
木々に囲まれ湧水が注ぎ込む池が魅力的で
東京の名湧水57選にも選ばれている貫井神社へ行ってきました。

湧水流れる貫井神社の写真

貫井神社由緒

御祭神は、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)・大巳貴命(おおなむちのみこと)

創立は、天正18年(1590年)この湧水の出る景勝の当地に、
水の神である水神様を貫井弁財天と奉祀、
氏神様として崇敬せるを明治維新の際神仏分離令により明治8年(1875年)厳島神社と改称、
更に貫井村字一ノ久保鎮座の貫井神社を合祀、以後村社貫井神社を称す。

御本殿は宝永6年(1709年)改築、総﨔(けやき)建築に立派な彫刻を施し文化財として重きをなすも
昭和60年(1985年)7月16日早朝、はからずも火災にて本殿焼失せり。里人一同恐懼、早速復興し
神慮(しんりょ)を安んじ奉らんと一心に励み昭和61年(1986年)12月23日
総桧(ひのき)材流造の御本殿を復元併せて渡廊・玉垣・神橋をも復元しました。

御本殿造営記念碑より

貫井神社の御本殿造営記念碑の写真


貫井神社入口

貫井神社入り口を写した写真


貫井プールの碑

入り口右側にある石碑、大正12年~昭和50年頃まで、貫井神社付近に
湧水を利用した全長50m・幅と深さが1.6mのプールがあったことが記している。

貫井プールの碑の写真


入り口前の水瓶へながれる水

手水として使用されているようです

貫井神社入り口にある手水の写真


鳥居

貫井神社の鳥居の写真


修整備記念碑と壊れた石碑

鳥居東側にある石碑、なぜ壊れているのかは不明

修整備記念碑と壊れた石碑の写真


手水舎

貫井神社、手水舎の写真

貫井神社、手水舎の写真


神橋と瓢箪型の池

境内にある池はハケ(国分寺崖線)から流れる湧水が注ぎ込んだもので、
神橋をはさんで東側の池にはコウホネ(スイレン科の植物)が自生している。

貫井神社、神橋とコウホネが自生する池の写真


神橋をはさんで西側の池

水が澄んでいるので鯉の姿がはっきり見えます。

貫井神社、神橋と西側の池の写真


神橋と本殿

貫井神社、赤い神橋と本殿の写真

狛犬と桧造りの本殿

貫井神社、狛犬と桧造りの本殿の写真

本殿

小金井市、貫井神社の本殿の写真

貫井神社本殿のHDR写真

本殿と東側の玉垣

貫井神社、本殿と東側の玉垣


本殿の蓮のような彫刻飾り

貫井神社、本殿の彫刻飾りの写真

貫井神社、本殿の蓮の彫刻飾りの写真

貫井神社、湧水流出場所

西側の池を眺めていると湧水が流れ込んでいる場所を見つけた

東京の名湧水57選に選ばれる貫井神社の池の写真

これを辿れば湧水の流出場所があるのではと思い辿ってみる

貫井神社の池に流れ込む湧水の写真

湧水は本殿西側の玉垣の脇を通り流れてきている

貫井神社の玉垣と湧水の水路の写真

静かに流れる湧水を眺めていると東京の住宅街にいることを思わず忘れそうになる

貫井神社、湧水の水路の写真

さらに水路を辿るとハケ(国分寺崖線)下の大きな岩の間から湧出している場所がありました。
湧水量が比較的多く、枯渇せず、「小金井」の由来となったそうです。
立て札には「平成2年2月8日水質調査の結果 飲料水として適しません」と書かれていた

ハケ(国分寺崖線)下の岩の間から湧出する湧水の写真


境内、西側のはけ上へと続く階段を上った場所にある八雲神社と愛宕神社

階段を上って正面にあるのが八雲神社

小金井市、八雲神社の写真

階段の途中にあるのが愛宕神社

小金井市、愛宕神社の写真

お地蔵様と一緒に池を撮影出来る素敵な場所

貫井神社を見守るお地蔵様の写真

階段を上りはけ上から境内を眺めた景色

はけ上から見た貫井神社の写真

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